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石原信雄の時代を読む Vol.4

世界的金融危機と経済不安について考える

米国中心の金融システム崩壊とその影響

昨年秋のサブプライムローン破綻に伴い、アメリカの金融システムが崩壊し、その影響が全世界に広がっています。影響は比較的少ないと考えられていた我が国においても、米国経済の劇的な景気後退に伴い、輸出の減少や株価の大幅な下落、国内消費の低迷など、深刻な影響が出てきています。

今回の金融危機によって、これまで世界経済の成長・発展の原動力となっていたアメリカ合衆国の地位が根本的に揺らぎ始めています。従来、アメリカ国民がその所得以上に消費をし、そのギャップを世界中からの投資マネーによって賄ってきたのですが、そのメカニズムが壊れ、その影響が我が国のみならずアジアやヨーロッパにも大きく広がっているのです。

このような世界的規模の経済危機に直面し、我が国の政府はどのような対応をすべきか、いま国会をはじめとする多くの場で真剣な議論が交わされています。

 

経済運営をめぐる二つの主張

そもそも、経済政策をめぐっては、大きく二つの考え方があります。一つはいわゆる市場原理重視の考え方です。経済学の元祖といわれたアダム・スミスは、「経済は見えざる神の手によって動かされているものであり、政府がこれにかかわるべきではない」と述べ、それがその後の経済政策の大きな指針の一つになりました。最近ではシカゴ大学のミルトン・フリードマン教授に代表される、いわゆるマネタリスト(注1)の主張につながったわけです。

アメリカでは、伝統的に共和党政権がこの市場原理重視の考え方を取っており、レーガン元大統領やイギリスのサッチャー元首相がその信奉者と言われていました。このような考え方の人たちは、政府機能を極力抑え、いわゆる小さな政府を実現することが国民にとって一番よいことだという考え方をとっており、我が国では、最近の小泉・竹中ラインがこの政策を遂行したといえます。

一方、経済運営について、政府の積極的な財政関与を重視する考え方があります。これは近代経済学の元祖と言われた(ジョン・メイナード)ケインズの主張に代表されるものであり、アメリカでは歴代の民主党政権がその考え方を信奉しているといわれています。代表的な例では、1929年の世界大恐慌の後に、アメリカ合衆国大統領に就任したルーズベルトが、いわゆるニューディール政策(注2)を掲げ、政府が財政出動によって景気の回復を図り、雇用を創出する活動を行ったことが有名です。

我が国では、戦後の本格的な経済成長の実現を図った池田勇人元総理のほかに、不況の際には積極的な財政支出を行い、好況の際には歳出削減を行うという、いわゆるフィスカル・ポリシー(注3)をもっとも適切に遂行した人物として、福田赳夫元総理の名前を忘れることはできません。ちなみに、最近では、麻生内閣の与謝野経済財政政策担当大臣が、これに近い考え方を持っているといわれています。

 

国民の不安を解消する財政政策を望む

ごく最近の動きについていえば、この世界的な金融不安をくい止めるために、ブッシュ米大統領が重い腰を上げ、国際協調のための会議をG8だけでなく新興発展途上国も加えて開くことになっています。我が国では、麻生総理大臣が景気回復最優先の姿勢で第一次補正予算を成立させ、さらに次なる経済政策を打ち出そうとしています。

米大統領選に立つ民主党のオバマ候補は、「共和党はかつての世界大恐慌の際にフーバー大統領が犯した過ち(注4「フーバー・モラトリアム」)を再び犯す恐れがある」と指摘しており、ブッシュ大統領の動きもそうした指摘や歴史の教訓を考慮したものではないかと言われています。

経済の現状に対して、国がどう対応すべきかを考えるとき、従来はとかく原理原則にとらわれて、市場経済重視派の人たちはいたずらに政府が財政出動をして国の債務を増やすべきではないと主張します。一方、積極的な財政政策を主張する人たちは、不況のときには思い切った景気対策を行うべきとしながら、経済が回復してもその傾向を改めようとしないきらいがありました。

経済はそもそも生き物です。経済のことは経済に任せろという市場原理重視派の考え方では、いわゆる市場の失敗が発生したとき(今回がそのケースといえるわけですが)、それでもなおかつ、その失敗を市場自身の手で是正するまで待たなければなりませんが、それは妥当ではないと思います。

我が国がとるべき道は、今日のような世界的規模での景気後退局面においては政府が積極的な財政政策を展開して、雇用の創出策を実行し、国民の不安を解消することだと思います。そして将来、景気が回復した場合は、本来の財政規律を重視する考え方に立ち、増税を含む歳入の確保と歳出の削減によって、過去の債務を償還することが必要です。

いずれにしても政府には、経済の動きに機敏に対応されることを望みます。

(注1)マネタリスト
私企業の経済活動は全面的に市場にゆだねるべきであるとして、現代版貨幣数量説を唱える経済学の一派、およびその主張をする経済学者のこと。マネタリストの理論および主張の全体をマネタリズム(monetarism)と呼ぶ。裁量的な経済政策の有効性を疑い、固定的な貨幣供給ルールの採用を主張する。

(注2)ニューディール政策
1933年から39年の間に、アメリカのルーズベルト大統領が世界大恐慌の経済危機を克服するために実施した経済政策の総称。それまでアメリカの歴代政権が取っていた古典的な自由主義的経済政策から、政府がある程度経済へ関与する社会民主主義的な政策へと転換したものであり、第二次世界大戦後の資本主義国の経済政策に大きな影響を与えた。新規まき直し政策の意味。

(注3)フィスカル・ポリシー
経済の不安定を財政収支の調整によって修正し、安定化を図ろうとする政策。補整的財政政策ともいう。政府が経済規模を微調整するため、意図的に政策手段を操作することから裁量的な経済政策とみなすことができる。公共投資の需要拡張効果を強調したケインズ理論に基づく。

(注4)フーバー・モラトリアム
1931年に、当時のフーバー米大統領が、第一次世界大戦後に生じた戦債や賠償の支払いを、世界大恐慌の経済危機の下で1年間延期することを決めたもの。猶予期間内に経済が回復するだろうというフーバーの予測があったが、経済は好転せず、世界恐慌は更に深刻化した。

2008(平成20)年10月掲載

 

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