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Net de コラム Vol.38

事態を想定し、説明資料の備えを

  • 中川 和之
    時事通信社「防災リスクマネジメントWeb」編集長

記者会見などで説明をする際には、口頭だけで行うより、分かりやすい資料に基づいて話すほうが、受け手の誤解もなく、よいコミュニケーションができることは常識です。災害や事故などの際にも、同じことがいえます。しかし、残念ながら、私のこれまでの取材経験では、何の備えもなく、あわてて作られたあり合わせの資料で説明を受けることがほとんどでした。ちょっとした説明資料があることで、取材する側に事情がよく伝わり、誤解に基づいた過剰な報道を避けることもできるのです。

伊豆半島の東部では、しばしば群発地震が起きます。この地域は、定義が見直された2003年に「伊豆東部火山群」として活火山に指定されていますが、噴火現象としては有史以来初めての活動が、1989年に伊東沖で海底噴火として観測されています。過去には、約2500年に1度程度、噴火していることが地質調査で分かっており、単成火山という同じ場所でくり返し活動しない山々が、陸上や海底に約百個もあるといわれています。

 

「よく分かる伊豆群発地震」が防いだ風評被害

1990年代前半、私が2度目の気象庁担当だったころのことです。体に揺れを感じる有感地震が頻発すると、気象庁の記者会見では、担当職員が「地下のマグマが関与して…」という説明をします。この地域には、溶けたマグマが常に地下に存在していて、板状になって浅いところまで移動をする際に群発地震を起こすのですが、海底噴火の際のような大規模な活動とはレベルが異なり、「群発地震だからスワッ噴火」と直結することはありません。毎年のようにくり返し、1か月以上も続くことがありますから、担当記者なら淡々と話を聞きます。

ところが、地震はいきなり起きるので、会見に担当でない記者が来ることが少なくありません。そのような記者は、「マグマの活動があるなら、いつ噴火するんですか?」と突っ込んできます。すぐ噴火しそうだという間違った報道がされると、観光などの風評被害に繋がりますので、理学屋で説明下手の気象庁職員が四苦八苦する姿を何度も見ました。そこで、広報担当者に「これだけしばしばあるなら、『よく分かる伊豆群発地震』というような1枚モノの説明資料を作っておけば、会見で混乱しなくていい」とアドバイスしたことを覚えています。

その場で、バタバタと言い訳のように作られた資料に対しては、記者側は「不都合なことは書いていないのでは」と疑いのまなざしを向けてしまいます。しかし、平時から説明用に作られている資料といわれただけで、すとんと気持ちに落ちていきます。気象庁では、その後、ホームページなどに分かりやすい資料が作られるようになりました。

 

説明資料は平時からホームページに

広報担当者は、さまざまな危機が発生した際に、その能力を発揮することが求められます。何が起きるか、どのようなことがあるのかをできるだけ想定して備えておかねばなりません。地域防災計画などを、実際に災害が発生した後の流れを想定して読み込んでいくと、事前に準備できることが見えてきます。災害や事故、国民保護的な事態など、起きることは多少異なっても、自治体ができることは似ています。被害の拡大を防ぎ、避難が必要な人に避難してもらい、けが人などの救護を行い、要援護者を保護し、食事や仮住まいを提供したりするのです。

何が起きているか、詳細には分からない段階でも、やるべきメニューは決まっています。その内容を、分かりやすく伝える基礎資料を作っておくと、いざというときに誤解なく伝えることができます。平時からホームページにその情報を上げておきましょう。もし、そこまでの内容がないとしたら、防災・危機管理部局などの備えが足りないということなのです。それを指摘するのは、いざというときに前面に立つことになる広報担当の平時の役割です。それは、未然の危機管理でもあります。

 

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