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「知らせること」の意味-中国のSARS(新型肺炎)の教訓

  • 宇治 敏彦
    中日新聞社相談役・論説担当

先ごろ、中国を訪問した際に、北京で新しい風景に接しました。北京市内にある北海公園の湖のほとりに、おしゃれな喫茶店やバーがたくさんできていて、路上にもテーブルやいすが並んでいました。一見すると、パリのシャンゼリゼ通りに面したカフェか、日本でいえば青山か原宿当たりで見かけるモダンなカフェやバーといった感じです。そのいずれもが、窓を開け放って開放的な店構えになっていました。

これらのバーやカフェは、いずれも2003(平成15)年のSARS(新型肺炎)騒ぎの後に誕生した店舗だということです。「なぜですか」と聞いてみると、現地の中国人ガイドは「外気をお店の中に十分取り入れることで肺炎が感染しないように工夫しているのです」と説明してくれました。その程度のことでSARS予防になるのかな、といささか疑問に思いましたが、この種の工夫は中国各地で採用されていました。

例えば世界遺産になっている故宮(旧紫禁城)の中にあるトイレに入ろうとしたら、その入り口に分厚いビニールののれんが掛かっていました。これも外と内の空気を遮断し、空気伝染を避けようという配慮からでした。

さらに、北京市内に新規開店した中国料理店では、伝統的な大皿料理をやめて、すべての料理がフランス料理風に銘々皿に取り分けられて登場しました。これもSARS発生後の知恵だそうです。大皿から取るのでは各人の箸(はし)を媒介して病気の感染をもたらすとみられたのでしょう。

このような新しいスタイルが、どれだけSARS予防に役立つかは不明です。むしろ香港をはじめ中国各地で新型肺炎が流行し始めた段階で、その発生を隠さずに、対応策を取っていたら、あれだけの騒ぎにはなっていなかったに違いありません。

大事なのは初期段階での情報公開、すなわち真実を隠さずに人々に告知することです。それを怠ったがために大火事になって消し止めることがますます難しくなってしまったのです。SARS騒ぎの結果、中国人の生活スタイルにさまざまな変化がみられ、該当風景も変化したのは決して悪いことではありませんが、根本的なことは「情報公開」にあることを忘れてならないと思います。

うじとしひこ

中日新聞社相談役・論説担当 1937(昭和12)年生まれ。東京、中日新聞社の政治部、経済部を経て現職に

 

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