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連載コラム

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広報って何? 悩める広報担当者の右往左往

執筆 : 田上富久(前長崎市長)

公開日 : 2025年7月30日

職員時代に13年6か月にわたって広報を担当。その後16年に及ぶ市長在任中も広報の大切さを実感してきた前長崎市長・田上富久さんによるエッセイです。

第17回 信頼とリスペクト

初委託は大成功

 百聞は一見に如かず。
 百見は一体験に如かず。
 
広報仲間のだれかがそんなことを言っていましたが、実際に体験してみると、初めての委託でプロと一緒につくっていく作業はとても楽しく、出来上がりも想像以上でした。
「タイトルの色が見えにくいです。本屋に並んだ時に見えやすい色にしてください」
「この部分の文字が小さすぎます。デザイン上はカッコよくても、読みにくいのはダメです」
こんなやり取りは日常茶飯事。もっと厳しいやり取りもありましたが、それは全員がいいものをつくりたいと思っているからこそ、です。やりとりの中で、お互いの考えが次第に分かっていきました。ケンカのようにみえるやり取りも、終わった後はスッキリ。そういう互いの誠実な取り組みの中で信頼関係が生まれ、リスペクトする気持ちが育っていきました。
外部スタッフからは、私たちでは思いつかないような素晴らしい提案をいっぱいしてもらいました。Why(なぜつくるのか?)をしっかり伝えて共通認識を持っているからこそ、こちらのイメージを超えるアイデアを出してくれたのだと思います。チームで力を合わせていいものをつくり上げる。それはまさに委託の醍醐味でした。
こうして初めての委託は大きな成果を挙げただけでなく、プロのスタッフからさまざまな技術や経験知をゲットする機会にもなりました。

 

プロデューサーはリーダー兼下働き

初めての委託は上々の結果で終わりましたが、いつもうまくいくとは限らないことは、その後、さまざまな形で外部スタッフと仕事をするうちに、だんだんと分かってきました。
仕事ぶりがこちらの意図とズレている場合や、不誠実な態度をとる場合は、厳しく対応します。甘い対応では、望んだ成果が得られないからです。そんなときに厳しい態度をとるためにも、こちらがプロデューサーの役割をきちんと果たしておくことが大事です。
初めての編集委託の場合、スタートからゴールまでの一連の流れの中で、プロデューサーが担った役割、そして大事だと思ったポイントはこんな感じでした。

(1)「0から1」を産み出すこと。つまりなぜ、何をやるか、を決めること
(2)予算を獲得すること(管理すること)
(3)企画を実現できるチームをつくること
(4)スタッフに、目指すゴールや共有すべき情報(期限や役割分担など)を伝えること
(5)スタッフが働きやすいように、地ならしやお膳立てをすること
(6)チームやスタッフが問題に突き当たった時に、判断し対応を決めること
(7)何よりも結果にコミットすること

(5)の地ならしやお膳立てというのは、取材先に前もって連絡して、スタッフができるだけスムーズに動けるようにしておくことです。どこまでするかはケース・バイ・ケースですが、プロデューサーはチームをリードすると同時に、こういう“下働き”をすることも大事です。それによってスタッフとの信頼関係が強くなるからです。前々回でお話ししたテレビドラマのプロデューサーの言葉「下働きみたいなもんですよ」はまさしくこのことなんだな、と実感しました。

その後、職員と市長を経験する中で、私が何度も実感し、そのたびに強く確信するようになってきたことがあります。それは、どんなチームでも、チームである限り、ベースに必要なのは“信頼とリスペクト”だということです。それは、メンバーがのびのび力を発揮する土壌になります。「貢献しよう」という思いや、足りないところを補い合おうとする気持ちにつながります。何といっても、信頼とリスペクトがあれば、少々の困難は力を合わせて乗り越えていくことができますが、それがないと、何でもないようなことでつまずいたりチームの空気が悪くなったりしてしまいます。
信頼とリスペクト――。初めての委託への挑戦は、その大事さを体と心に強く刻んでくれた体験でもありました。

 

 

執筆者紹介
田上 富久(たうえ とみひさ)

1956年長崎県岐宿町(現・五島市)生まれ。80年長崎市役所入庁。26年7か月の職員時代のうち13年6か月が広報担当。2007年4月長崎市長就任。23年4月まで4期16年務め、その間、長崎県市長会会長、九州市長会会長のほか、被爆都市の市長として、日本非核宣言自治体協議会会長、平和首長会議副会長などを務める。好きな言葉は「一隅を照らす」「人間万事塞翁が馬」。現在は、長崎地域力研究所代表などを務める。

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