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連載コラム

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広報って何? 悩める広報担当者の右往左往

執筆 : 田上富久(前長崎市長)

公開日 : 2025年9月10日

職員時代に13年6か月にわたって広報を担当。その後16年に及ぶ市長在任中も広報の大切さを実感してきた前長崎市長・田上富久さんによるエッセイです。

第23回 広報はコミュニケーション

到達点

こうして二度の広報担当を経験して私がたどり着いたのは、「広報はコミュニケーションだ!」という超シンプルな言葉でした。こんな大ざっぱな表現では何を言っているか分からないと言われればそのとおりなのですが、この言葉にたどり着いた時、自分の中ではとても腑に落ちた感覚になりました。
私たちはふだん、家族や友達や地域の人たちと普通にコミュニケーションをとっています。その基本は1対1のコミュニケーションです。そういう生活の中のコミュニケーションと基本は同じだというのが、私がたどり着いた到達点でした。
例えば、大事なことを家族に伝えずに勝手に物事を進めていると「聞いてないよ!」「なんで教えてくれないの?」と言われるでしょう。難しい専門用語やカタカナ語を使うと「それどういう意味?」「もっと分かりやすい言葉で話してよ!」と言われるはずです。
逆に、友人にタイミングよく情報を伝えると「ありがとう!」「助かったよ」と感謝されます。やさしい言葉で写真なども使って話すと「あなたの話は分かりやすいね」と褒められます。広報の基本はそういうことだと思うのです。
だからこそ広報担当者にとっては「今、何を伝えるべきか」がとても大事だし、その次には「どう伝えるか」も大事なポイントになります。市政の動きやまちの状況をおおまかに知っておくことはもちろん、伝える技術を磨くことも、いいコミュニケーションをするための準備作業ということになります。

 

信頼をつくる

もう一つ。「広報はコミュニケーションだ!」には、言葉にしていない大事な前提があります。ふだんの生活の中で、情報を的確に分かりやすく伝えたり、人の話を聴いたりしていると、自然にそこに信頼関係が生まれます。「広報はコミュニケーションだ!」の背景にある大事な前提は、いいコミュニケーションは信頼をつくるものだということです。
最近、ときどき停電のニュースを見ることがありますが、もし実際に停電が自分のまちでも起きたとします。そんな時、電力会社から停電の原因や復旧までの見通しなどの情報がスムーズに入ってくれば、とても安心します。続報もきめ細かく届くと、そこに信頼感さえ生まれます。これはコミュニケーションが信頼をつくる力を持っている証しです。
そういえばコロナ禍の後半、こんなことがありました。感染者が増えてくる中で、無症状や軽症の感染者は、自宅か宿泊施設で療養してもらうことになりました。宿泊施設での療養に備えて、ホテルなどの民間宿泊施設を借り上げる必要がありましたが、宿泊施設周辺の自治会の理解を得るのはなかなか困難で、担当の県も、協力して動いた市も苦しんでいました。そんな時、ある宿泊施設の周辺自治会がOKしてくれることになりました。
とても大きな前進だったので、当時市長だった私は、自治会長さんに感謝の気持ちを伝えに行きました。すると自治会長さんは、了解した理由をこんなふうに説明してくれました。
「前は用事があって市役所に行くと、あちこちの部署を自分で回らないといけなくて大変だったけど、最近市役所の仕組みが変わって、地域センターの人が親身になって動いてくれて助かっているんです。だから、こういう時はこっちも一肌脱がないと、って思ったんですよ」
とてもうれしい言葉でした。広報担当の仕事ではありませんが、いいコミュニケーションをとっていると、こんなふうに信頼感が生まれて、思わぬところで助けてもらえるという良い事例だと思います。

 

魔法の言葉

「広報って何だろう?」から始まった私の長い旅は、こうして「広報はコミュニケーションだ!」で自分なりの一つの到達点に来たような気がしました。
「広報はコミュニケーションだ!」は、もちろん広報の定義ではありません。私にとっては原点に帰るための“魔法の言葉”。理由は、今回お話したような大事な意味を含んでいるからです。この言葉を思い出すだけで、自分がいつでも広報の原点に帰れる気がしました。なんといっても“魔法の言葉”は、これくらい短い言葉が使いやすくて実用的です。
ところが! 二度目の広報課を卒業した後、5年後にまさかの展開で市長になった私は、もう一度広報と向き合うことになったのです。

 

 

執筆者紹介
田上 富久(たうえ とみひさ)

1956年長崎県岐宿町(現・五島市)生まれ。80年長崎市役所入庁。26年7か月の職員時代のうち13年6か月が広報担当。2007年4月長崎市長就任。23年4月まで4期16年務め、その間、長崎県市長会会長、九州市長会会長のほか、被爆都市の市長として、日本非核宣言自治体協議会会長、平和首長会議副会長などを務める。好きな言葉は「一隅を照らす」「人間万事塞翁が馬」。現在は、長崎地域力研究所代表などを務める。

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