
連載コラム
広報って何? 悩める広報担当者の右往左往
公開日 : 2025年5月21日
第7回 一人に伝える
コピーライターブーム
最近、大瀧詠一や山下達郎など1980年代のシティポップが人気のようです。私が一度目の広報課で四苦八苦していたのは、まさにその80年代。当時、運よくコピーライターブームが起きました。糸井重里さんや仲畑貴志さんが大人気で、彼らが生み出す言葉の力は、業界をこえて社会にも影響を与えるほどでした。
「おいしい生活。」
「不思議大好き。」
「おしりだって、洗ってほしい。」
「反省だけなら、サルでもできる。」
これらは糸井さん、仲畑さんの代表作ですが、プロの作品は、こういう短いキャッチコピーだけでなく長いボディコピーも秀逸で、言葉の力を感じさせてくれました。文章がうまく書けない私は、そんなすごいコピーライターたちに憧れました。
もちろん広報と広告は全然違います。でも、言葉を通じて思いを心に届けようとするのは同じだと思います。
「プロのコピーライターの言葉って、なぜこんなに伝わるんだろう?」
多くの広告を見ながら考えるうちに、一つ違いを見つけたような気がしました。広告は時には消費者の独り言をキャッチコピーに使ったり、語りかけるような言葉を使ったりします。「一人」の心に伝えようとしている感じがするのです。
一方、行政広報の言葉は「大勢の人」に一度に届けようとしているような感じがします。そのイメージの差が、伝わり方の差の原因の一つなんじゃないか…。そう思ったのです。
一人をイメージしながら
広報紙を発行する市役所側から見ると、大勢の人に情報を伝えようとしているので、ついつい「皆さん」と呼びかけたくなります。
でも、情報の受け手のAさんから見るとつながっている線は一本だけ。だったらAさんにとっては、「皆さん」じゃなくて「あなた」と呼びかけられたほうが、自分へのメッセージと感じるのではないか。
「皆さんはもうワクチン接種は済みましたか?」
じゃなくて、
「あなたはもうワクチン接種は済みましたか?」
と呼びかけられたほうが、自分ごととして捉えてもらえるのではないか。
小さなことのようですが、当時の私にとって、これは大切な気づきでした。
それに、一人をイメージするほうが思いを乗せて書きやすいと感じました。高齢者向けのお知らせは、近所のおじいちゃんやおばあちゃんを思い浮かべながら…。子どものワクチンのお知らせは、小さな子どもがいるお父さんやお母さんを思い浮かべながら…。
思いを乗せる
生成AIの時代に、いちいちお知らせに思いなんか乗せられないよ、というのはもっともな話です。でも当時の私は、広報仲間との交流を通して、住民に対する思い、まちに対する思いこそ広報の真ん中にあるものだと思うようになっていました。
ある時、広報仲間が「お知らせ記事の『受付期間』は『申込期間』のほうがいい」と言ったことがあります。前者は役所の見方、住民にとっては後者のほうがピッタリくる、というのです。考えてみると、これは単に言葉の問題ではなく、基本的なスタンスの問題でした。
「受付期間」は、この期間に提出すれば受け付けますよ、という“上から目線”スタンス。「申込期間」は、この期間に忘れないように申し込んでくださいね、という“寄り添い”スタンス。
この二つのスタンスには大きな距離があります。本質的な違いです。だとすれば、この違いはきっとお知らせ記事だけでなく、広報全体に影響を与えているはずです。
小さいことのようだけど、時代が変わっても変わらない大切なものがそこにあるような、そんな気がしました。これも仲間たちが気づかせてくれた大切なものの一つです。
執筆者紹介
田上 富久(たうえ とみひさ)
1956年長崎県岐宿町(現・五島市)生まれ。80年長崎市役所入庁。26年7か月の職員時代のうち13年6か月が広報担当。2007年4月長崎市長就任。23年4月まで4期16年務め、その間、長崎県市長会会長、九州市長会会長のほか、被爆都市の市長として、日本非核宣言自治体協議会会長、平和首長会議副会長などを務める。好きな言葉は「一隅を照らす」「人間万事塞翁が馬」。現在は、長崎地域力研究所代表などを務める。