
連載コラム
広報って何? 悩める広報担当者の右往左往
執筆 : 田上富久(前長崎市長)
公開日 : 2025年6月4日
職員時代に13年6か月にわたって広報を担当。その後16年に及ぶ市長在任中も広報の大切さを実感してきた前長崎市長・田上富久さんによるエッセイです。
第9回 広告は先生(1)
AC大好き
広告に教えてもらったことは、ほかにもあります。
お手本の一つは「公共広告」です。社会的な問題を取り上げて、私たちにメッセージを届け続けてくれているACジャパンという組織があります。企業がお金を出し合ってつくった組織です。50年以上にわたり、「公共マナー」「環境問題」「親子のコミュニケーション」などの時代を超えた普遍的なテーマや、「多様性」「ネットモラル」「災害」など時代の世相を反映したテーマなど、多様なテーマを取り上げて発信してきました。最後に「AC~♪」と流れるコマーシャルは、皆さんご覧になったことがあるのではないでしょうか。
ACが出した最近のCMを例に挙げてみましょう。
2023年度のAC全国キャンペーンは「聞こえてきた声」。漫画を使った作品です。テーマは「ジェンダー平等」で、テレビバージョンはこんな感じです。想像しながら読んでみてください。
「オギャァー」となく赤ちゃんの声と絵に「はいは~い、今行くね~」という吹き出し。
大きなビルの絵と音に「わが社の経営方針を発表します」という吹き出し。
食卓の絵と音に「ご飯だよ~」の吹き出し。
窓越しの教室の絵と音に「将来の夢はパイロットです」という吹き出し。
こういう絵と音がいくつか流れたあとに、「聞こえてきたのは、男性の声ですか?女性の声ですか?」というナレーション。そして最後に、「無意識の偏見に気づくことからはじめませんか。」という文字。
最初は「何のコマーシャルだろう?」と思い引き付けられるのですが、最後のメッセージでハッとさせられます。そして、自分がどんなイメージで聴いていたのかということを反芻します。たしかに男性と女性の声で聴き分けていた自分に気づきます。
二度目に見る時は、男性と女性の声を入れ替えてイメージしてみます。奇異な感じはありません。今は、それがすっかり奇異に感じない時代になっています。でも、一回目にはたしかに男性と女性を無意識に聴き分けていた自分がいました。自分の中の「無意識の偏見」に気づかせられた証拠です。でもCMは最後に、「そこからがスタートですよ」と励ましてくれます。
紙面を広告風に
ACジャパンが取り上げるテーマのほとんどは、行政広報と重なります。企業が行政と同じテーマに踏み出してくれるのなら、逆に行政が広告のほうに踏み出してもいいんじゃないか。先ほどの例のようにセンス抜群じゃなくても、ACの広告と同じようにもっと柔らかい発想でメッセージを伝えてもいいんじゃないか。そんなことをよく考えていました。
広報紙の一部を広告風にしてみると、違和感はなく、むしろ新鮮な感じがしました。それに広告風と考えるだけで、自分の中のアソビゴコロや大胆さが動き出す気がしました。
そこで、広報紙をリニューアルする時に、裏表紙を広告風のページとして設定しました。食卓にポンと置かれたときに、ひょっとするとこっちが表になるかもしれない、と考えると裏表紙はとても大事。目立つのも悪くありません。
今もACジャパンのメッセージに触れるたびに、「いい伝え方をするな」「学ぶことが多いな」と感じます。
執筆者紹介
田上 富久(たうえ とみひさ)
1956年長崎県岐宿町(現・五島市)生まれ。80年長崎市役所入庁。26年7か月の職員時代のうち13年6か月が広報担当。2007年4月長崎市長就任。23年4月まで4期16年務め、その間、長崎県市長会会長、九州市長会会長のほか、被爆都市の市長として、日本非核宣言自治体協議会会長、平和首長会議副会長などを務める。好きな言葉は「一隅を照らす」「人間万事塞翁が馬」。現在は、長崎地域力研究所代表などを務める。