
連載コラム
広報って何? 悩める広報担当者の右往左往
執筆 : 田上富久(前長崎市長)
公開日 : 2025年6月11日
職員時代に13年6か月にわたって広報を担当。その後16年に及ぶ市長在任中も広報の大切さを実感してきた前長崎市長・田上富久さんによるエッセイです。
第10回 広告は先生(2)
コンセプトってすごい!
広告に学んだことはほかにもあります。その中でもずっと重宝しているのは「コンセプト」です。
今、新明解国語辞典で「コンセプト」を引いてみると、「広告で、自由な視点や発想から商品やサービスの新たな意味づけを試みようとする考え方」と書いてあります。でも、当時はまだ聞きなれない言葉で、国語辞典には載っていませんでした。英和辞典で「概念」という説明を見つけても、意味も使い方も分かりません。
「広告の雑誌によく出てくる“コンセプト”って何だろう?」
幸いコピーライターブームだったこともあって、コンセプトの違いによって出来上がる広告が大きく違ってくる実例を教えてくれる本や雑誌を見つけることができました。読んでみると、それはとても腑に落ちるものでした。
さっそく自分でも使ってみることにしました。企画をするときに、それまでは思いつくアイデアをただ出すだけでしたが、「この企画のコンセプトは何だろう?」と最初に考えてみることにしたのです。目指すものを短い言葉にするのは、思ったよりも簡単ではありませんでした。でも、それまではただただ思いつくアイデアを出していただけだったのが、ある方向に向かってアイデアが出てくるようになりました。
コンセプトを共有すると、チームみんなでアイデアが出しやすくなります。「それはコンセプトとズレてるから、今回は外そう」という判断もしやすくなります。打ち出の小槌ではありませんが、とても使える道具だなと思いました。
考えてみると、広報紙の表現もコンセプトによって変わります。まちによって広報紙の表情の違いや見出しの言葉づかいが違うのは、広報紙によってコンセプトが違うからともいえます。普段着で玄関から「こんちは~」と入ってきてお茶の間で方言で話し始めるような広報紙くんと、玄関でピンポ~ン♪ とインターホンを押してネクタイ姿できりりと立っている広報紙くんは、自治体広報紙という共通点はあるものの、「コミュニケーションのあり方」「表現のあり方」という意味ではコンセプトが違うのです。
「最後のことば」方式
試行錯誤しながらコンセプトを使っているうちに、少しずつ要領がつかめるようになってきました(ような気がしました)。
そのうちによく使うようになったやり方があります。市民の「最後のことば」を想定して、そこから逆算して発想するというやり方です。腰を据えて考えないといけないビッグプロジェクトの場合は別として、ふだんアイデアを出し合う時には有効なやり方でした。
たとえば広報紙の場合、こんなシーンを想像します。
家に帰るとテーブルの上に広報紙が載っています。「お、広報紙くん。今月も来てくれたね」と言いながら手に取って読み始めます。「ふーん」とか「お、これはいいな」とか言いながら読み進んで、最後に「広報紙くん、今月もありがとう!」と言って、ページを閉じます。
そこからスタートするのです。「そんなふうに親しみを感じてもらえて、楽しみにしてもらえて、信頼してもらえる広報紙って、どんな広報紙なんだろう?」と考えます。その広報紙の表紙はきっとこんな感じで、こんな人気シリーズがあって……と逆算していくやり方です。
イベントの場合なら、「終わった時、参加者にどんな言葉をつぶやいてほしい?」からスタートします。そして「その言葉を言ってもらうためには何をすればいいのだろう?」とアイデアを出し合います。そうやって逆算していくのです。
この方法では、最初に見つける「最後のことば」がとても大事です。最後のことば次第でそのあとがみんな変わっていきます。最後のことばを言ってもらうために全体を組み立てるのです。そういう意味では「最後のことば」はコンセプトに近いものだと思います。言葉を煮詰める作業を簡単にしているのでプロの皆さんには怒られるかもしれませんが、とても実践的なので小さな企画のときはよく使っていました。
「コンセプト」は、広報担当を離れたあともとても役に立ってくれました。「これは何のため?」「どんなシーンを実現するため?」と考えるクセは、異動するたびにそれぞれの職場のミッションを探すクセにもつながったように思います。それはとても大事なことでした。
執筆者紹介
田上 富久(たうえ とみひさ)
1956年長崎県岐宿町(現・五島市)生まれ。80年長崎市役所入庁。26年7か月の職員時代のうち13年6か月が広報担当。2007年4月長崎市長就任。23年4月まで4期16年務め、その間、長崎県市長会会長、九州市長会会長のほか、被爆都市の市長として、日本非核宣言自治体協議会会長、平和首長会議副会長などを務める。好きな言葉は「一隅を照らす」「人間万事塞翁が馬」。現在は、長崎地域力研究所代表などを務める。