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連載コラム

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広報って何? 悩める広報担当者の右往左往

執筆 : 田上富久(前長崎市長)

公開日 : 2025年7月2日

職員時代に13年6か月にわたって広報を担当。その後16年に及ぶ市長在任中も広報の大切さを実感してきた前長崎市長・田上富久さんによるエッセイです。

第13回 私は何のプロ?

職人気質とレタリング

編集委託の場合、写真も撮らなくていい。原稿も書かなくていい。レイアウトもしなくていい。編集全体がその三つの作業だけで成り立っているわけではありませんが、編集の大部分であることは間違いありません。
「じゃあ、これで給料をもらっている私は、いったい何のプロ?」
そんなふうに考え出すと、それまでの体験の中で気になったことがいくつか頭に浮かんできました。
たとえば、先輩が「職人になってはいけない」という趣旨のことをいったことがありました。それは、職人気質になると、技術は向上しても、視点が狭くなることが往々にしてあるからだ、という趣旨でした。職人の世界はとても奥深い世界。私自身は、写真も文章もデザインもおもしろくて好きだけど、そこまで極めた本物の職人にはなれそうにありません。何よりも自分はそれを目指しているわけではありません。
「そうか…。先輩は、広報の仕事の本質は職人になることじゃない、と教えてくれてたんだ。ついでに私のハマりすぎる性格を見通して忠告してくれたのかもしれない…」
十数年も前の先輩とのそんなシーンを思い出しました。
ほかにも、思い出したことがありました。職場での雑談の中で、ある自治体の新しい広報係長が張り切ってレタリング教室に通いだしたという話題が出ました。当時、その自治体の広報担当とは仲が良く、頻繁にやり取りをしていたので、明るくまじめな新係長のこともよく知っていました。
「でも…頑張るところがズレてない?」
みんな明るい噂話をしながら、素直にそう感じたことも思い出しました。

 

根と幹が本質

そうやっていろいろ考えているうちに、結論は自然にみえてきました。答えは、前々回のDTPの話題のときに紹介した相田みつをさんの詩の中にあったのです。

 

 花を支える枝
 枝を支える幹
 幹を支える根
 根はみえねんだなぁ

 

出来上がった紙面が「花」、それをつくる技術が「枝」、それを生み出す発想や考えが「幹」、そして、それらを生み出すまちや人への思いが「根」。
「そうか…行政広報の担当者は『根』と『幹』のプロということか……」
枝や花を自前でやるかどうかはケース・バイ・ケース。でも根と幹は必ず自分でやる。良い根から良い幹を生み出すのが行政担当者の腕の見せどころ。プロフェッショナルたるところ。広報担当者の一番のミッションは「いま何を、どんなふうに市民に伝えるか」を見極め、実行することなんだ!
そう考えると、単純な私はすっかり腑に落ちた気持ちになりました。

 

最初の編集委託はグラフ誌

そのころ委託第1号として考えていたのが、写真中心のグラフ誌でした。
でも、これをそのまま委託するのではおもしろくありません。これまでのグラフ誌よりもっとコンセプトがはっきりしていて、行政広報のイメージを変えるような遊び心のあるグラフ誌を創刊したい……そう考えていました。それは私の考えというよりも、まさに今それが長崎のまちに求められているような気がしていたのです。
考えてみると、そうやって企画を考えること自体がまさにいい「幹」を創り出そうとする作業でした。
「よし、委託第1号を成功させるためにもいい幹をつくろう!」
自分の役割に納得した私は、ますます委託が楽しみになってきました。
とはいえ、もう一つの宿題「そもそも委託って何?」にも自分なりの答えを見つける必要がありました。委託について引っ掛かっていたことへの答えは、まだ見えていなかったのです。

 

 

執筆者紹介
田上 富久(たうえ とみひさ)

1956年長崎県岐宿町(現・五島市)生まれ。80年長崎市役所入庁。26年7か月の職員時代のうち13年6か月が広報担当。2007年4月長崎市長就任。23年4月まで4期16年務め、その間、長崎県市長会会長、九州市長会会長のほか、被爆都市の市長として、日本非核宣言自治体協議会会長、平和首長会議副会長などを務める。好きな言葉は「一隅を照らす」「人間万事塞翁が馬」。現在は、長崎地域力研究所代表などを務める。

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