
連載コラム
広報って何? 悩める広報担当者の右往左往
執筆 : 田上富久(前長崎市長)
公開日 : 2025年7月23日
職員時代に13年6か月にわたって広報を担当。その後16年に及ぶ市長在任中も広報の大切さを実感してきた前長崎市長・田上富久さんによるエッセイです。
第16回 委託のコツ
ドキドキの説明会
「これは市民向けですか? 観光客向けですか?」
集まってくれたデザイン会社や広告代理店の皆さんへの説明会で、最初に飛び出した質問です。
「キタ~! これこそプロデューサーへの質問だ~!」
ちょっとドキドキしながら、落ち着いたふうをよそおい、私はおもむろに立ち上がりました。
編集を委託しようとしているのは、年に2回発行するグラフ誌です。読者と一緒にまちのおもしろさをあちこち発見して回るようなライブ感のあるグラフ誌をつくりたい、というのが企画の意図でした。まちの魅力やおもしろさの発信といえば、それまでは観光客向けばかりだったので、冒頭のような質問が出たのでしょう。でも、それは想定内でした。
「市民向けです。市民にまちの魅力を伝えたいんです」
ここは今回の委託の一番のポイントです。どうして新しいグラフ誌を創刊しようと考えたのか、思いを込めて説明しました。それにしても、真っ先に一番のポイントを質問するとはさすがにプロだな、と感心しました。
WとH
プロデューサーの最初の仕事は「何をつくりたいか」を明確に説明すること。“What”を示すことです。それに対して、チームに加わろうと手を挙げてくれた人たちが「どうやってそれを実現するか」、つまり“How”を持ち寄ります。そして、一番いいHow を提案してくれた人(会社)にチームに加わってもらいます。
ここで大事なことは、まずこちらがしっかりしたWhatを持っていることです。これは、相田みつをさんの詩の“幹”に当たります(8月号参照)。まさにプロデューサーの役割のキモの部分です。ここがしっかりしているほど、そして明確に伝われば伝わるほど、いい花を咲かせる“枝”=How の案が集まることになります。
逆に、Whatがあいまいだったり、うまく伝えられなかったりすると、作業中にズレや間違いに気づいて、途中で修正が必要になることがあります。場合によっては、そのために時間や経費のロスが生じることもあります。
そういえば、説明会で出た最初の質問は「だれに対して?」という“Whom”の質問でした。グラフ誌の編集委託の場合、これはとても大事なポイントでした。Whatだけでなく、WhyやWhen、Whom、Whereなど必要な情報を外部スタッフとしっかり共有することはとても大事だと実感しました。この時の経験で、「Wをしっかり練り上げて、良いHを引き出すのはプロデューサーのミッションその1」と心に刻みました。
スタッフは鏡
私はその後、いろいろな職場でプロデューサー役を担う経験をしました。ケースごとに条件や状況が違うので、そのたびに全力を尽くすことになるのですが、胃が痛くなる経験も何度かしました。そして経験すればするほど、プロデューサーの“姿勢”や“あり方”が大事だということを知ることになりました。
私の心の中にある“しごとの引き出し”には「スタッフは鏡」というタイトルがついた紙が入っています。そこにはこんなふうに書かれています。
外部スタッフは、プロデューサーがどれだけの思いと情熱を持ってその仕事に取り組んでいるか、とても敏感に察します。プロデューサーがたいした情熱を持たずに義務的にやっていれば、スタッフも強い情熱を持つことはありません。逆に経験が少ないプロデューサーの場合でも、その強い情熱に共感すればスタッフは全力でその情熱に応えようとします。
スタッフがイマイチやる気がないようにみえるときは、こちらのやる気が足りない証拠。スタッフが力を出し惜しみするときは、こちらの思いが弱いか、伝わっていない証拠。
最初の委託以来、私がプロデューサーを務めるときにいつも心がけていたのは、技術ではスタッフに及ばなくても、その仕事にかける思いと「必ず達成する」というゴールへの情熱に関しては、だれにも負けないくらい熱いものを持つこと、でした。
執筆者紹介
田上 富久(たうえ とみひさ)
1956年長崎県岐宿町(現・五島市)生まれ。80年長崎市役所入庁。26年7か月の職員時代のうち13年6か月が広報担当。2007年4月長崎市長就任。23年4月まで4期16年務め、その間、長崎県市長会会長、九州市長会会長のほか、被爆都市の市長として、日本非核宣言自治体協議会会長、平和首長会議副会長などを務める。好きな言葉は「一隅を照らす」「人間万事塞翁が馬」。現在は、長崎地域力研究所代表などを務める。